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2015年8月 2日 (日)

落石による左足腓骨骨折とセルフレスキュー

事故発生日時 20157251231-13:04頃   

事故発生場所 大常木谷 不動の滝上の先のナメ滝地帯の終わる辺り 

会所小屋跡まで30分程度の地点

GPSデータでは N35 49 27 19  E38 52 15 63

 

天候 晴れ 

 

事故の状況  

落石があり、巻き込まれ、岩の下敷きになり、脱出に30分程度かかった。

岩の大きさは 60cm 40cm30cm 程度(目測 写真参照)

 

パーティー 2名 

被災者 A 60歳 ♂   

同行者 B 50歳 ♀

 

行動計画  

梅雨明けの晴天を活かして25日の土曜日に大常木谷を抜けて稜線へ。その後、将監小屋キャンプ指定地にてツエルト泊。

26日に一ノ瀬本流の遡行をプランニング

夏に、黒部川 上ノ廊下の遡行を計画しており、そのため長時間行動と水量の多い谷を抜けるトレーニングを行いたかったことから、このような計画を立てている。

ちなみに両方谷の遡行については経験している。また、今年の夏については天候が不安定なため水根沢にしか行けておらず、すこし沢に入っておきたいという希望も強かった。

 

当日の行動 事故へ至るまで。

07:31 大常木谷へは看板のある下降点から入渓。

08:22大常木谷の出会いへ到着。以降は順調に遡行していた。

12:31被災者Aは右岸を遡行中、水際から滑滝を抜けるか、河原を抜けようかラインを選択し、水際を抜けることにした。水際から滑滝へ取りつくために、その岩の横を通過しようとした時に、その岩がグラっと動いた。その後、岩は静止したので岩の下側から滝の取り付きへと向かおうとしたところ、岩が動き出し、Aの左足のスネの外側に直撃。Aはかわそうとして身体を回転させたが、足元の岩がヌルヌルであったためスリップし、逃げることができなかった。

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岩はAにあたったためにAは転倒。Aの左足スネに載った状態で岩は停止した。

 

 

 

救出 12:31-13:05 

Aは左足を挟まれて、右側を下にして転倒している状態。頭が足よりも低い位置で、手を伸ばせば水に届く状態。今回は結果的には、途中で水を口に運ぶことができた。大水量であった場合には危険である可能性は否定出来ない。

Aは、この岩の下を通るにあたり、もし落ちてきたらどのように対応するかという想定をした。岩は止まると動かせないことは経験しているので、動いているうちに逃げること、岩から離れること、身体を回転させて直撃を避けること、全身で岩を押す、蹴りだす等をイメージしていた。

その結果として、足元がヌルヌルで逃げきれなかったが、直撃を避けることにつながり、逃げた姿勢での静止となった。致命傷には至らなかったと思われる。

なお、停止した時には靴のソールが岩を支えており、抜くことはできないが、痛くはなかった。

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救出(脱出)方法 とれた行動・とった行動

1 手・腕等身体を使って岩を動かそうとしたがびくともしない。当然、動くくらいなら抜けることができる。

2 バイルで叩くも岩は割れない。→当然。割れるくらいの岩なら落下の衝撃で割れる。火花だけが虚しく散っていた。

3 載っている岩の下の隙間に、他の岩をクサビのように打ち込み、隙間を広げようとする。打ち込む道具がバイルのため、深く打ち込むことができず、それでも岩が少しだけズレ、足への重さが増し、くるぶしが押し潰された感じがした。第1回の絶望を感じる。

4 倒木を岩の下に差し込み、テコにして持ち上げようとする。持ってくる木が腐っていて次々に折れる。岩の下は折れた倒木でいっぱいになる。これも、岩を少しだけずらしたので、挟まっている足への荷重が一気に増加。しびれが始まる。血液が流れなくなると危険だなあと意識する。足が持つ残りの時間が気になり始める。第2回めの絶望感

5 2分の1システムにて岩を浮かそうとする。救助者がシステムを理解してなかったため、駕籠かきシステムにしてしまったので全く動かず。第3回めの絶望

6 岩の遠い角にロープをかけて、現場の倒木、Aの上にかかっている倒木を回して下敷きになっているAが引く。また、同時にBがバイルでこじって持ち上げる。→岩が動いたので、ムリムリにも抜け出す。→本当のセルフレスキュー?


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同時に、岩が動いて下に転がってくることを想定して、出来る限り遠くへ離れる。

 

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ケガの状況のチェック 

しばらくシビレがあり、痛みもわからない状態から、10分程度でシビレが取れてくる。強い痛みは感じないが、小さな擦り傷は多数ある。安全地帯で10分程度休憩し、移動ができるか確認。なんとか歩行はできる状態。シビレがとれるかがポイントとして意識する。

 

14:10-14:35

通常なら30分程度で到着する会所小屋跡まで1時間ほどで到着。一応の安全地帯へと到着。大休憩とケガのチェック。これからの行動について計画を立てる。

 

ヘリによる救援は上空が樹木に覆われていることを考えるとホイストはできないと思われること。

救助要請を行っても、下の集落から人が来るまでには、連絡が可能になる地点まで行く時間等を考えると、翌日になることと、崩落している箇所もある大常木林道を担がれて移動することも厳しい選択であること。

 

足の状態

シビレが若干残っているが、強い痛みは感じない。靴下を脱いで確認するが、色が変わっている箇所はないが、クルブシの位置は感覚がないことから、大常木林道を使い下山することにする。通常5時間程度で三ノ瀬の集落。そこから1時間程度で車をおいた場所。

 

上記により、左足は移動できることから本日中に下山し、医師の診察を受けることにする。これはケガの状態が時間勝負になっていると判断してのもの。

念のため足首についてはテープにて固定。8の字のみ。ただし伸縮テープ。固定するためには伸縮しないテープが必要。

 

長い時間が始まる。落ちている倒木で杖を2本作る。

大常木林道は数カ所 崩落している箇所はあったがなんとか移動する事ができた。1時間ほど移動したところで左足のスネに違和感を感じる。この時には、筋肉系のトラブルかと思ったものの後になっての理解では折れていた腓骨がズレたようである。ペコンペコンというような音を感じている。

 

幸運であったことの一つは、途中で水場があり、給水は豊富に出来たこと。これによって血液濃度をある程度維持できた。

 

1740 龍バミ谷との合流地点。ここからBに先に行ってもらおうとしたが、山中であるためリスクはあるのでムジナの巣まで同行。

1830 ムジナの巣 そこからBに先に行ってもらい、車をピックアップしてもらうことにする。

1900ころ Aは三ノ瀬の集落へ到着。Bの車を待つ。途中日没になったがヘッドランプ無しで下山可能であった。

1945ころ Bが三ノ瀬へ到着。Aをピックアップ。スネをアイシングしたいので開いているお店を探すが、丹波山村の商店は閉まってしまい、車中にあった凍らせていたペットボトルを思い出しアイシングに活用する。

車で移動しながら、ネットで救急病院を探す。青梅市まで行かないと救急診療はやっていないことが判明。同時に奥多摩に病院があることを思い出し、奥多摩病院へダメ元で飛び込む。看護師さん医師がでてきて相談に応じてくれる。奥多摩病院ではレントゲンも撮れないので診断ができない。重症のように見えるのでレントゲンも撮らないでの診断は困難なので、整形外科がいてレントゲンの撮れる救急病院へ行く必要があるとのアドバイス。

 

2230ころ

30分ほどで青梅市立総合病院へ到着。10分程で診察を受ける。状況を説明し、レントゲンを複数枚撮影。5分ほどで、ポッキリ折れてますとのこと。

 

救急医は専門が整形外科ではないとのことで、整形外科が宿直している病院へ転院。近くの病院を探してくれる。結果、川崎市立多摩病院へ搬送される。

足の状態から コンパートメント症候群のおそれ、またクラッシュ症候群のおそれから救急車にての搬送となる。

東京消防庁の救急車で青梅市から川崎市多摩区まで約45分程度の救急車ドライブ。車中では搬送の隊長が様態の変化がないか、観察をしてくれている。

足の感覚があるか、足の指の色に変化はないか、足の指は動くか等々で、変化があれば救急搬送しながらも受け入れてくれる近くの病院を探す必要があるとのこと。

コンパートメント症候群では、内圧が上がりすぎれば切開しての減圧が必要になることから、経過観察が必要との判断。コンパートメント症候群について、また、症状について車中で隊長が丁寧に説明してくださいました。

 

それにしても初めての救急車なので車内見学。これも隊長が丁寧に説明してくださいました。

 

0120 多摩病院にて検査開始

レントゲン写真は持ち込んでいたので主治医は、写真と紹介状を参考にして診察。

レントゲン写真をパソコンに取り込めるかとレントゲン技師に問いかけるが、無理とのことで再度撮影。また血液検査等を行う。血液中の何を診るのか等々、看護師に聞きまくる。また、点滴についてもどんな薬を使っているのか等々質問だらけにする。

うるさかったろうと思う。ケガの程度が重度でも意識がクリアで、何をされるのかワクワクしている状態。けっして、負傷によるハイな状態ではない。

 

医師から帰って出直すかと言われるが、こんな時間なので泊めてくれと頼みこむ。

0130ころから点滴を開始。医師の指示は一日1リットル。内容はFと書いてあったので基本的な 体液の管理で クラッシュ症候群の疑いで CK値が高いことから体液の管理が必要だということのようです。

 

医師からは安静にしていてねとの指示。ナースからはトイレにいくかシビンか、どちらかを選べと言われ、トイレを選択。車イスで移動。風呂に入りたいと希望するとタオルにて清拭を自分でする。

 

2日ほどでCK値が下がっていることが確認できたということで退院許可。松葉杖を借りて退院となった。

 

 

総括 

1 かなり不安定である場合の通過の仕方 ライン取り

2 事故後の脱出の方法 

3 下山までの移動の方法・時間

4 医療機関へのかかり方

 

 

Bの反省

1 気が動転したことで、直後の適切な行動が取れなかった。

2 救助中に転倒し、身体に負傷を負った。

3 二重遭難にならないような配慮・行動

4 2分の1システムへの理解不足

5 シーズンイン前のレスキューのトレーニング不足

6 負傷者の観察と声掛け

7 救急用品の内容の点検

 

 

参考

 コンパートメント症候群  複数の筋肉がある部位では,いくつかの筋ごとに,骨,筋膜,筋間中隔などで囲まれた区画に分かれて存在する。その区画のことをコンパートメントという。骨折や打撲などの外傷が原因で筋肉組織などの腫脹がおこり,その区画内圧が上昇すると,その中にある筋肉,血管,神経などが圧迫され,循環不全のため壊死や神経麻痺をおこすことがある。これをコンパートメント症候群という。とくに多くの筋が存在する前腕,下腿や大腿部で起きやすい。骨折や打撲だけではなくランニングやジャンプなどの激しい運動によってもおこりうる。強い疼痛が特徴であり,他に腫脹,知覚障害,強い圧痛などがみられる。処置が遅れれば筋肉壊死や神経麻痺をおこす。筋区画内圧が40mmHg以上であれば,筋膜切開(減張切開)が必要となる。 日本救急医学会HPより

 

 

 クラッシュ症候群  今から20年前の1995117日、阪神・淡路大震災が発生しました。この震災における救急医療の現場において、今回のテーマである「クラッシュ症候群」が注目されました。本症候群は「挫滅症候群」とも呼ばれており、その歴史的認知は比較的遅く、第二次世界大戦中の1940年、ドイツ軍によるロンドン大空襲によって、瓦礫の下から救出された人々が発症し、これが最初の症例報告とされています。

クラッシュ症候群は極めて特徴的な病態を示します。倒壊した建物などから救出された直後は、意識も明瞭で、一見軽傷のように見えているのに、数時間後、突然意識が薄れ最悪の場合、死に至ることも少なくありません。 東邦大学医療センター 大森病院臨床検査部HPより

 

 

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